ブータンの立体マンダラ
マンダラとは「ほとけたちの世界」を表した模式図である。ほとけとは時間や空間を越えた存在であり、本来、その世界を可視的に表現することはできない。仏教では豪華な王宮のイメージを借りて、それを仮に示したのである。われわれが目にすることの多い日本のマンダラは、ほとんどが絵画であるため、建造物であることにはなかなか気づかないが、全体を囲む四角い枠や四方の門に、その片鱗を見ることができる。
ほとけたちの宮殿を立体的に表したマンダラは、チベット仏教圏でしばしば制作された。チベット自治区以外にも、ネパール、インド北西部のカシミール、中国の青海省などに作例がある。この「立体マンダラ」もそのような周辺地域のひとつブータンで作られたものである。一般にこのようなマンダラは「立体マンダラ」と呼ばれるが、チベット語では「ルーラン・キンコル」(心によって建立されたマンダラ)という。木材を組み合わせ、彩色をほどこして宮殿を造り、さらに宝石や貴金属などで荘厳する。全体が真鍮などの金属で作られる場合もある。宮殿内部のほとけたちは、小さな彫像や浮彫像で表現され、決まった位置に置かれる。さながら、ほとけたちの「ドール・ハウス」である。
マンダラが生まれたインドの仏教では、このような形態のマンダラが作られることはなかった。立体マンダラはチベット仏教のオリジナルである。そのため、平面的なマンダラでは表現されない屋根や柱などには、チベットや中国の建築様式が見られる。この作品では宮殿の上部が仏塔をかたどっているが、これもチベットに多い仏塔の形式である。
宮殿内部のほとけたちは、静穏な姿と怒りの姿をとった二つのグループからなり、全体が百の数になっている。彼らは「チベットの死者の書」の名で知られる経典に説かれるほとけたちで、死者の魂をほとけの世界に導くと信じられていた。(『みんぱく』2003年3月号、表紙解説)