ポン教の美術 創作された神々

 秘境のイメージと結びつけて語られることの多かったチベットも、最近ではダライラマの活動やマンダラへの関心の高まりを通して、正しい姿が認識されるようになってきた。しかし、チベット土着の宗教と言われるポン教(「ボン教」とも表記する)は、依然として「謎の宗教」である。チベットの専門家でさえ、シャーマニズムと混同することもめずらしくない。
 ここ数年、世界的にもポン教に対する関心が高まっている。チベット学の専門誌がポン教の特集を組んだり、わが国でも国際的なポン教研究のシンポジウムが開催されている。これらを通して、ポン教は現在でも多くの人々の信仰を集めた「生きた宗教」であり、中央チベットのみならず、中国やネパールのチベット文化圏においても、相当数の寺院が活動していることがわかってきた。彼らは仏教と同じように教団組織を持ち、独自の教義、儀礼、図像などを有している。膨大な数のポン教の経典や論書が伝えられ、その量は仏教徒が残した文献をしのぐかもしれない。
 ポン教の寺院も外見的には仏教の寺院と同じであるが、中に足を踏み入れたとき、その内部を飾るポン教の無数の神々の姿に圧倒される。一見するとチベット仏教の仏たちに似てはいるが、細部に目を向けると、いかなる仏教の仏とも異なる姿がそこにはある。
 チベットに仏教が伝わる前には、ポン教徒は自分たちが信仰する神々の図像を有していなかったといわれる。しかし、仏教との接触を通じて、ポン教徒は独自の神々の体系を、あらたに、しかも猛烈な勢いで作り出したのだ。ポン教の開祖とされるトンパ・シェンラプという人物像は、明らかに釈迦の模倣であるし、仏教の十一面観音や文殊によく似た神もいる。忿怒の姿をした異形の神は、素人の目には仏教のものと区別が付かない。ポン教の神々の像が仏教の図像の影響を受けていることは明らかではあるが、たとえそれが借用であっても、そこから壮大な図像の体系を人工的に創造したことは驚きに値する。(2001年10月〜11月 共同通信社配信の各紙)