天界の模式図 マンダラ
一五世紀の初頭、中央チベットにあるゴルという大僧院で、四五種類のマンダラの彩色画が制作された。隣国のネパールから招聘された絵師たちが制作にあたり、当時の最高水準の作品に仕上がった。チベット動乱後、これらの作品も世界各地に流出してしまったが、そのうちの何点かが現存している(写真)。一五世紀というのはチベット絵画の黄金時代で、その中でもこの作品は、技術的な水準の高さ、独自の画風、来歴の確かさなどから、チベット美術史上、屈指の名作に数えられている。
現在、マンダラという言葉は一般にもかなり普及しているが、正しく用いられていることは少ない。たとえば「人間マンダラ」「世相マンダラ」というように、混沌や雑然といったイメージを伴っている。本来、マンダラとは仏の世界を表した模式図である。幾何学的な構図の中に仏たちが整然と並ぶその姿は、混沌とは正反対のものなのだ。
マンダラで仏たちを取り囲む四角い枠は、彼らの居城を表す。マンダラはこの建物の平面図や立面図を一つにまとめたものにたとえることができる。つまり、仏の居城の上や横から見た姿が、一枚の絵の中につなぎ合わされているのだ。しかも、その内部が見えるような透視図にもなっている。一方、内部の仏たちは、中央の仏から放射状に広がるように描かれている。これは、中央の仏から見た姿であることを表す。これも立体的な構造を平面に置き換えた結果である。
マンダラとは観賞用の絵画でもなければ、単なる礼拝の対象でもない。それは、灌頂という密教の入門儀礼で用いられる一種の装置である。師はこの儀式において、弟子に対して「汝は仏になることができるのだ」という自覚を与える。儀式の中で弟子が目にするマンダラは、自分がなるはずの仏と、その居住空間なのである。中央の仏を取り巻く周囲の仏たちは、居城の主となった弟子の目に映る姿である。マンダラは、儀式の中でこれに主体的に関わるものに対してのみ、仏の世界を開示する模式図となるのである。(2001年10月〜11月 共同通信社配信の各紙)