密教美術の世界

第8回 再生する世界

Q:今日の講義で、死後に輪廻転生するものの表(小世界概念図)についてのスライドがありましたが、私は小学生の頃、はじめてこのような表を見て、とても恐ろしかったのを覚えています。そのころは「天国」や「地獄」をかなり信じていました。
A:死後の世界についての関心は、洋の東西を問わず、とても強いものがあります。日本では平安時代に浄土思想が流行し、美術の方でも阿弥陀の浄土図や来迎図などが作られました。その一方で、地獄の情景を描いた地獄図や絵巻物も残されています。さまざまな責め苦や、人々の苦しんでいる様子などで満ちあふれている地獄図は、人間の持つ「こわいもの見たさ」とでもいう欲求と結びついているような気もします。でも、あまり小さいときに見ると、「トラウマ」になるかもしれませんね。
田中純男編 2000 『死後の世界  インド・中国・日本の冥界信仰』東洋書林。

Q:仏教の宇宙観の話を聞くと、とんでもなく大きく、でもなぜかなじめるような気もして不思議な気分です。昔の人の創造力はすごい。(類似の感想がほかにも多数ありました)
A:授業では仏教の宇宙観の壮大さを十分伝えられなかったと思いますが、その片鱗を感じてもらえてよかったと思います。経典や仏教の文献の中には、このような情報が含まれていることも、おそらく意外だったのではないでしょうか。そこには、数量も明示されたきわめて精緻な構造が示されています。ただし、当時の仏教徒たちは、単に世界の構造を説明したかったのではなく、時間や空間の反復性・永遠性とわれわれの微少さ、それと対比すべき仏の偉大さを示したかったのです。あくまでも、救済論の中での世界論なのです。(この場合、救済されるのは衆生すなわち私たちです。よけいなお世話かもしれませんが) なお、授業で紹介したのはおもに『倶舎論』という文献にもとづくものですが、『法華経』や『華厳経』などの大乗経典になると、これとは比較にならないような巨視的な世界観が登場します。それも、大乗仏教の仏や救済のあり方と密接に結びついています。このような仏教世界観の展開については、最近出た次の本が詳しいです。
クレツリ、W.ランドルフ 2002 『仏教のコスモロジー』瀧川郁久訳 春秋社。

Q:「小世界概念図」はプリントだと小さくて字が読めないので、もっと大きくプリントして欲しいです。
A:今回の配布資料に付けました。

Q:先生は先に仏塔があって、後から意味づけをしたと行っていましたが、どうしてそのようなことわかるのですか。
A:仏教以前の文献であるヴェーダ文献の中に、後世の仏塔に結びつく「ストゥーパ」の用例がいくつかあります。そこでは宇宙樹や天地をつなぐ軸のようなコスモロジカルな機能を備えたものが、ストゥーパとしてイメージされていたようです。また、墳墓であるストゥーパを建てるにふさわしいものとして、ブッダとならび転輪王が、しばしば仏教文献にあげられていますが、これもブッダの遺骨を納めるためにはじめて仏塔が建てられたのではなく、すでに存在していたことを示唆しています。一方、チャイトヤという語は仏教文献にもヴェーダ文献にも登場しますが、その意味には聖火壇、祭柱・祭儀の場、聖樹、精霊の住処・神祠、火葬場・墳墓記憶・記念すべき場所・及び建造物などがあるようです。一般大衆の信仰のよりどころとして、チャイトヤが機能していたことが知られます。仏塔の歴史と意味については、本学にいらっしゃった杉本卓洲先生の『インド仏塔の研究』平楽寺書店(1984)が名著として知られています。

Q:インド人が今日の授業で紹介されたような世界観を持っていたのは、いつ頃からですか。
A:インドの世界観は業・輪廻思想と結びついています。生前の行いの内容によって、次にどこに生まれ変わるかが決まるという考え方で、日本でも一般によく知られています。インドに侵入してきたアーリヤ人たちは、本来、このような考え方を持っていなかったようですが、インドの先住民との交渉の結果、これを取り入れ整備していったと考えられています。ヴェーダ文献の中でも比較的成立の新しい部分に、業・輪廻思想が認められます。仏教徒たちもこのような考え方を共有していたため、生まれ変わりの世界としての地獄や天についての記述は、かなりはやくから認められます。授業で紹介したような構造の世界観は、5世紀頃成立したとされる『倶舎論』に説かれ、「須弥山世界観」とか「倶舎論の世界観」としてよく知られています。ちなみに、ヒンドゥー教の世界観は「プラーナ」と呼ばれる聖典にしばしば説かれています。

Q:「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の小説版で、チベットのポタラ宮殿のことが書いてありました。暗くて住むには適さないようで、幼い頃のダライラマ(14世)は、夏が待ち遠しかったようです。
A:ダライラマは「ノルブリンカ」という離宮を持っていて、夏はここで過ごすことが多かったようです。ポタラ宮殿は17世紀にダライラマ政権を確立させたダライラマ5世が建立したもので、写真などで紹介されることも多く、その壮麗さはよく知られています。ポタラは「補陀洛」と同じ語で、観音の浄土の名前です。これは、ダライラマが観音の化身と考えられていたことによります。

Q:実家でお経をあげてもらっているのを聞いていて、妙に気になっていた「さんぜんだいせんせーかい」という言葉の謎がやっと解けた。うれしい。
A:それはよかったです。お経の中には、意味が分からないのに耳について離れない言葉がよくあります。般若心経の「あーのくたーらさんみゃくさんぼーだい」などというのも、サンスクリットで「この上ない最上の悟り」という意味の語ですが、妙な響きがいいですね。

Q:今日一番興味があって聞きたかったボロブドゥールと須弥山の世界の話が、暑さとだるさのピークで、集中できずに全然頭に入ってこなかったのがすごく残念です。
A:こちらもとても残念です。今回もはじめに少しふれるつもりですので、がんばって聞いていて下さい。

Q:科学的にいう宇宙の誕生と仏教の概念が似ている気がした。
A:現代の宇宙論と、過去において人々が考えてきたコスモロジーがまったく無関係であることはありません。ヨーロッパ世界で科学と宗教が葛藤しながらも、密接な交渉を持っていたことはよく知られていますね。比較的最近の宇宙論の変遷をまとめたものですが、次の文献などは参考になります。
桜井邦朋 2000 『天才たちの宇宙像』吉川弘文館。

Q:最初に宇宙について考えた人は大したもんだと思う。そういえば宇宙について考えられる時点で、人間の脳内は宇宙より広いという話を聞いたことがある。
A:脳については、理科系だけではなく文科系の人も大きな関心を持っています。たとえば、評論家の立花隆氏がしばしば脳を取り上げるのも、脳の解明が現代を読み解くカギになると考えているからでしょう。脳の研究については一般向けにもたくさんの本が出ていますが、たとえば次のようなものが、最新の成果を紹介する好著でしょう。
グリーンフィールド、スーザン 1999 『脳が心を生み出すとき』新井康允訳 草思社。

Q:リグ・ヴェーダって、ギリシャ神話と同じようなタイプの話なんですか。
A:リグ・ヴェーダはインドに侵入してきたアーリヤ人が有していた聖典です。とくに「本集」(サンヒター)と呼ばれる部分は、ヴェーダ文献群の中でももっとも早く成立し、彼らの宗教や生活の根幹をなすものです。その内容は儀式の中で唱えられる神々への讃歌が中心です。したがってストーリーなどはなく、ギリシャ神話などとはずいぶんおもむきは異なります。辻氏の以下の書はヴェーダ文献に対する、優れた入門書です。
辻直四郎 1967 『インド文明の曙  ヴェーダとウパニシャッド』(岩波新書) 岩波書店。

Q:私たちの生きる時代は、宇宙の構造を科学的に理解している。昔の人々は何もわからなくて「こわい」宇宙を理解しようと一生懸命だったんだなぁと思う。現代では宇宙観を空想することすら「無意味だ」とか、「バカげている」といった感じだが、今回の話はとてもおもしろいと思った。
A:世界観や宇宙観は、われわれが自己とそれを取り巻く環境との関係と捉えることもできます。その点で、人類がこれまで有していた宇宙観は、まったく無意味ということははないでしょう。たとえば、おそらく多くの日本人が描く「世界地図」は、日本を中心として、北を上にしていると思いますが、これはヨーロッパや南半球の人の描く「世界地図」と異なります。日本などが「極東」と言われるのは、ヨーロッパを中心とした世界観にもとづくからで、欧米で入手できる「世界地図」では、日本は右端に小さく描かれています(大西洋が中心になります)。同様に、「宇宙」という言葉からは、スペースシャトルから見た地球や他の天体のようなものをおそらく連想すると思いますが、これもけっして「客観的な宇宙のすがた」ではなく、特定の視点からの平面的な影像にしか過ぎません。世界や宇宙をイメージとしてとらえる場合、つねに「わたし」という視点が前提となるからで、その意味では古代のインド人とまったく異なりません。

Q:あまり関係のない話ですが、ゼロの起源がインドにあると聞きました。そのゼロの概念は仏教に何かヒントを与えたのでしょうか。また「空劫」などに見られる「空」という文字は、ゼロという意味なのでしょうか。
A:インドは古代から数学がとても発達した国です。天文学や測量学も同様で、その背景には、ヴェーダ文献にもとづく壮大な儀礼の体系があったためです。アラビアの数学とも関連を持ち、ヨーロッパの数学の起源ともなっています。少し古いですが、数学史については
吉田洋一 1979 『零の発見:数学の生いたち』(改訂版)岩波新書。
がよく知られています。最近では
林 隆夫 1993 『インドの数学:ゼロの発明』中公新書。
が出ています。
「空」はサンスクリットでァ鈩ya(シューニヤ)と言い、「何もない」「空っぽな」という意味です。しかし、大乗仏教の用語として用いられる「空」は、もっと特殊な意味を持ちます。簡単に説明するのは困難ですが、あらゆる「もの」には、そのもの本来の性質がそなわっていないということです(たぶん、これも理解できないと思いますが)。「般若心経」の「色即是空 空即是色」というフレーズの場合もこれにあたります。空についての研究は、仏教研究のいわば「王道」で、これまでに膨大な研究の蓄積がありますが、手始めに次のような文献をお薦めします。
立川武蔵 2002 『般若心経の新しい読み方』春秋社。

Q:仏教の宇宙観ってすごい。頭の中で考えているとごちゃごちゃになります。今日の話を聞くと、今のわたしが生きている時間というのは、どの位置にあたるのかと考えてしまいます。でも、それを考えると、自分の存在がよくわからなくなって、なんだか気持ち悪くなります。
A:ごちゃごちゃになってしまったのは、わたしの説明不足だからでしょう。実際はとてもすっきりして、理解しやすいものなのですが・・・。ところで、現在が仏教の時間論の中でどのあたりにあるのかは、文献の中ではっきり示されています。つねに自分の位置を確認するために、このような世界観や時間論を生み出したからです。前の回答にも書きましたが、世界はつねに自己との関係において存在するからです。また、インドに限らず、時間は「よい時代」から「悪い時代」へと流れていくという考え方もよく見られます。日本の末法思想などはその代表的なものでしょう。その背景には、現実世界を憂ういらだちと、見知らぬ過去を美化するという、人間の自然な感情があるからでしょうか。(年を取ると「近頃の若い者は・・・」という、あのパターンです)。

Q:なぜ人は次々と神を創造するのでしょうか。
A:簡単には答えられないでしょう。たとえば、人間があまりに小さな存在であると感じたり、この世界に起こることを合理的に解釈できないときに、人は神の存在を必要とします。

Q:登山をすると高い山で森林限界を超えたところの岩肌には、よく石が積み重ねられていますが、あれは五輪塔を模した信仰上のものなのですか。
A:質問と一緒に書いて下さった絵からは、五輪塔とずいぶん違うと思いますが、具体的によくわからないので、どなたかご存じの方がいらっしゃったら教えて下さい。石を積むという行為は「賽の河原」や、それと結びついた「水子信仰」を連想しますが・・・。修験とも関係あるかもしれません。

Q:「荼毘に付す」って何ですか。
A:遺体を火葬することです。辞書をひいてみましょう。

Q:ボルブドゥールは釈迦の頭部に似ている。中心の塔の部分が肉髻っぽい。ストゥーパは螺髪のようだ。
A:意外な発見です。東南アジアの仏像には肉髻を炎のように表現するものがあります。チベットやネパールではストゥーパ全体を仏の身体とみなすこともあります。

Q:ネパールの仏塔図が印象に残った。日本では塔などに顔が付いているものは見たことがないから実物を見てみたいと思った。
A:ネパールの首都カトマンドゥは、日本人の観光客もよく行くところです。昨年の国王夫妻暗殺以来、治安に問題がありますが、落ち着いたら、ぜひ行ってみて下さい。

Q:いつ頃から「卒塔婆」が日本で使われていたのでしょうか。
A:卒塔婆は庶民のための五輪塔というかんじですが、よくわかりません。日本の葬送史を調べればわかると思いますが・・・。

Q:個人的には曼荼羅についてもっと知りたい。この円にはこういう意味があって・・・というように詳しく知りたい。
A:予定より少し遅れていますが、今回から曼荼羅の話をするつもりです。ストゥーパの構造も実は曼荼羅と密接に結びついています。授業でも紹介しますが、曼荼羅の構造と意味については
森 雅秀 1997 『マンダラの密教儀礼』春秋社。
で詳しく述べています。

Q:昨年の4〜7月頃、昼ドラで「愛のことば」というのをやっていて、その中で金沢が出てきたとき、摩耶夫人像の安置してあるところが出てきたのですが、その寺の名前がわかったらぜひ行ってみたいのですが。
A:私もわからないので、どなたかご存じなら、教えて下さい。

Q:和歌山出身なので、高野山の写真が取り上げられていて驚きました。一度も行ったことがないのですが、よく考えると弘法大師が建立した権威あるものだと改めて感じました。いつか訪れてみたいと思います。
A:奈良や京都の仏教寺院に比べ、高野山は世俗化されていないので、中世の雰囲気さえ感じさせるところです。外国人もここに来ると、本当の日本のすがたに出会えた気がするそうです。一度どうぞ。

Q:閻浮堤以外の大陸はアフリカ大陸などを意味していたのですか。
A:古代のインド人がアフリカ大陸を知っていたかはわかりません。須弥山を中心に東西南北の四方に大陸があるのは、世界が秩序だった構造をしていることと関係します。南に大陸があるのならば、それ以外の3方向にも同じようにあるべきだと考えたのでしょう。

Q:五輪塔の五元素、空、風、火、水、土だとばかり思ってました。
A:土も地も同じですが、伝統的に「地」の語を使います。サンスクリットは「ブーミ」(bh鑪i)と言います。世界が数種の元素でできあがっているという考え方は、インドだけではなくギリシャでも見られます。

Q:インドの仏塔の形がとても幾何学的で、昔の人はあんなに大きくて形の整ったものをどうやって建てたのだろうと思いました。ものが豊かな現在の人間に比べて、昔の人の方が創造力が優れていたんだろうなと思いました。
A:現代の視点から古代や中世の建造物を見ると、その水準の高さに驚かされることがしばしばあります。しかし、それは「現代は科学技術が発達した時代だ」という先入観によるものです。たとえば、いわゆる四大文明が起こったところでは、いずれも巨大な建造物や都市が出現していますが、その背景には高度な技術があったはずです。おそらく人間というのは数千年ではそれほど発達するものではないのでしょう。芸術作品の場合、それはもっと顕著です。現在の仏師がどんなにレベルの高い作品を作っても、たとえば運慶や快慶の作品のレベルに達するのはほとんど不可能です。学問や教育の水準と、技術の水準は必ずしも一致しないのです。

Q:10の3乗単位でとらえる感覚が日本にはあまりないと思いますが、英語でいうthousand, million, billionの単位や「ナノ、マイクロ、ミリ」「キロ、メガ、ギガ」には見られますよね。仏教の世界観に共通してみられるのはどうしてなのでしょう。
A:これは気が付きませんでした。OPACで「単位」で検索すると、いろいろ参考文献があるようです。たとえば『図解 単位の歴史事典』(柏書房)などに答えがあるのではないかと思います(法学部所蔵)。おもしろそうなので、ぜひ調べてみて、わかったら教えて下さい。答えではありませんが、日本語の数字の単位は仏典のことばから来ているはずです。大きい数の単位に仏教用語の「恒河沙」(ガンジス川の砂の数)、「不可思議」(思慮を超えた数)などが登場します。

Q:『インド密教の仏たち』の第五章の185頁ではインドの場合、観音は他の観音とともにグループを構成することはなかったとありますが、208頁ではインドの観音の特徴の一つは、自分を中心としたグループを次第に拡大していったことだと書いてありますが、これはどういうことですか?読んでいてなんだか頭がごちゃごちゃになってしまいました・・・。教えてください。(注:この質問はメールでいただきました)
A:185頁の「観音のグループ」は、複数の観音がグループを構成するものです。日本では六観音や三十三観音が知られています。これらに含まれる観音を「変化観音(へんげかんのん)」と呼びます。六観音は六道思想と関連を持ち、地獄、餓鬼、畜生などのそれぞれの領域を司る観音が六尊いるわけです。この中には十一面観音、千手観音などのよく知られた観音が含まれます。三十三観音は『観音経』(『法華経』「普門品」)に、観音が33の異なる姿をとることに由来します。いずれも、中国、日本で流行した観音のグループで、インドまではその起源はさかのぼれません。観音がグループを構成するのはネパールでも見られ、さらに多い百八観音が信仰されています。一方、208頁の「グループ」は、観音を中心とし、その眷属からなるグループです。実際の作例でも、ターラー、ブリクティー、馬頭、善財童子などが、観音の脇侍として登場します。この中にはブリクティーや馬頭のように、日本や中国で変化観音として扱われるようになるものもいます。しかし、インドでは観音そのものではなく、あくまでもその従者である眷属の地位に置かれています。ターラーやブリクティーは単独の作例も多く残されていますが、その場合も女尊であって、観音ではありません。仏教美術の学術誌『佛教芸術』の最新号262号では、「インド・中国の変化観音」という特集をしています。私も不空羂索観音についての論文を寄稿しましたので、機会があれば一読を。


(c) MORI Masahide, All rights reserved.