インドと日本の仏教儀礼の比較研究

2008年11月27日の授業への質問・回答


話がむずかしくなってきてしまいました。灌頂で水を浴びることによって、弟子が本当の仏になるということですが、「仏」の概念がよくわかりません。「仏」は複数いるものなのですか。また、春ごろにお釈迦様に水をかける行事があったと思うのですが、灌頂が関係あるのかなとよくわからないなりに思いました。
「仏」とは悟った存在で、もちろんお釈迦さんがそうですが、大乗仏教の時代になると釈迦以外にも多くの仏が現れます。その先駆的な発想は、大乗仏教以前の古い時代にもあり、とくに、釈迦よりも前の過去仏、弥勒に代表される未来仏という、時間軸上の多数の仏たちへの信仰がありました。この場合も、仏はつぎつぎと継承される王のようなイメージがあります。大乗仏教になると、この世界以外にも別の仏国土をたて、それぞれに仏がいると考えるようになります。極楽浄土の阿弥陀はその代表で、西方の仏国土にいます。世界は無数の仏の国土で満ちあふれ、それぞれで仏が法を説いているという記述が、多くの大乗経典に登場します。密教や灌頂の仏も、基本的にはこのような「おおぜいの仏」を前提にしています。そして、特定の世界で仏が現れるときには、それ以外のすべての仏たちがそこに集まり、新しい仏に灌頂を授けるという考え方が見られます。密教の場合、さらにそれらのすべての仏の根源的な存在として、大日如来という超越的な仏を立てるため、すべての仏が大日如来と同一であり、新たに仏になるものも、自分自身が大日如来であることを悟るというプロセスが見られます。灌頂儀礼では弟子がこの「新たな仏」に相当し、阿闍梨がすべての仏であり、大日如来なのです。むずかしいかもしれませんが、密教はこういう発想をします。春にお釈迦さんに甘茶(おそらく水ではなく)をかけるのは、前回紹介した釈迦の誕生直後の灌水に由来します。お釈迦さんの誕生日のお祭りは花祭りという名で知られていますが、正式には灌仏会(かんぶつえ)と言い、この灌水を儀礼の中心に置いています。灌仏会の儀礼自体は密教儀礼ではありませんが、密教の灌頂のモデルとして、この灌水のエピソードを想定していることは、授業で紹介したとおりです。

雨が仏の知恵を表すというのは面白いです。水と知というのは、何か他にも見られる組み合わせですか。北欧の知恵の泉くらいしか浮かびませんが。菩薩や明王といった称号がどのような順で上位になっていくのでしょうか。そういったものがまとめてあると話がわかりやすいような。
雨がさまざまなものをもたらすという考え方は、世界中にいろいろあると思いますが、インドの場合は、以前にも紹介したように、「天上の水」という考え方が重要でしょう。われわれの世界にある「物質としての水」とは異なり、神々の世界である天上は、命ある水で満たされ、これが甘露と呼ばれます。甘露というのは甘い水という意味ではなく、これを飲めば永遠の命が得られる不死の水です。この甘露がわれわれの世界に現れる姿が、雨です。インドでは雨は生命をもたらすふしぎな物質です(実際、雨によってさまざまな作物が生育します)。水をかけることによって再生がはかられるのも、キリスト教の洗礼をはじめ、珍しくありませんが、インドの場合、それが神話のレベルでも明瞭に意識されている点に特徴があります。これまでに紹介した閼伽水やプージャーにおける水も、どこか共通の要素をもっていると思います。仏の世界のヒエラルキーについては、私の『インド密教の仏たち』や、佐和隆研『仏像図典』などを参照していただければいいのですが、基本的に、仏は悟った存在、菩薩はそれにいたるまでの修行途上の存在、明王は仏が怒りの姿を取った存在、天は外教の神が起源で、護法の役割をする存在という程度で理解しておいてください。

アビシェーカは立太子の儀式も含むと言っていたけれど、インドでは王様は世襲制ではないのですか?王の長男がなるとか、そういうのではなく、候補者がたくさんいて、選挙のような形で選ばれるということでしょうか。あるいは、次王ははじめからきまっているけれど、形式的に式を行うのでしょうか。灌頂に用いる水はどこから取ってくるんですか。水道水ではないですよね。井戸水とか、山まで採りに行くのでしょうか。
インドの王位継承も、他の地域と同様、さまざまな形があったでしょう。スムーズに世襲されたこともあれば、一族のあいだで骨肉の争いがあったり、家臣や隣国の王による王位簒奪の戦争も頻繁に起こりました。まったく新しい王朝が確立したことも、何度もありました。現国王が存命中に、次期の国王を定め、それを人々に周知する立太子の式は、おそらく、最も重要な国家行事のひとつだったでしょう。たとえそれを行ったとしても、皇太子とは別の者によって王位が奪われることも珍しくなかったと思われます。家臣による合議はあったでしょうが、選挙はしなかったでしょうね。灌頂の水の出所は、私もあまり気にしていませんでしたが、文献を見ても明記してありません。閼伽水をとる井戸から汲んだりしたかと思いますが、儀礼の中で、そこに神々をとけ込ませたり、天上を流れる神話上の川(マンダーキニー川といいます)の水と同一であることを瞑想したりすることで、特別な水にするようです。今ならば、水道の水を使うかもしれません。山まで採りに行くというのは、ミネラルウォーターのような発想ですが、インドの山は日本と違って、地下水が湧くいているようなところはあまりないでしょう。

釈迦仏伝図の際、インドでは両側からかけるというのが共通認識と先生はおっしゃっていましたが、それにも何か意味があるのですか。今回は灌頂を定説から見るのではなく、次の仏として周知させるための儀式だという話が面白かったです。また、儀礼の内容も興味深く、いろいろな道具が使われるのだという点も興味深く感じました。金篦は本来、眼医者の道具だったということは意外でした。仏教とはあまり関係がなさそうなのにと、たいへん、不思議です。何か由来があるのでしょうか。また、他にもそのように本来は仏教とは関係のない使われ方をしていた道具も存在するのですか。
インドでは仏教がすでに失われているので、灌頂の儀礼を見ることができません。日本密教で行われている灌頂は、おそらくインドのそれを忠実に受け継ぐもののようですが、オープンではないので、私自身は見たことがありません。そういうわけで、灌頂の作法は私には謎なのですが、文献によれば、阿闍梨が弟子に水瓶の水をわずかずつかけるという記述があるので、水をかけるのは阿闍梨ひとりだと思っています。これに対し、『過去因果経』の絵巻物やアジャンタ石窟の壁画にある王の即位灌頂では、左右から二人の人物が壺から水をかけている様子が描かれ、どうも密教とは違うようなので、授業では強調しました。同じように二人で水をかける作法は、インドやネパールのプラティシュター(今回取り上げます)でも行われるようなので、その形式を表したのではと思います。王の即位式が密教の灌頂儀礼の直接の起源ではないことも、ひょっとすると、このような作法のレベルでも説明できるかもしれません。金篦は面白い道具だと思います。眼科医の道具としばしば説明されますが、これはたとえばインドの医学書などでは確認していません。むしろ、仏像などの開眼作法の時に、像の目を開く作法の時に用いる道具だったのではないかと思っています。前に取り上げたキーラもそうですが、私は儀礼の道具にも関心があり、それが仏教以外の場面で用いられていたときの意味が、仏教でも継承されていることが多いと感じています。

キリスト教の儀式にも洗礼という水を使ったものがありますが、あの儀式には体を水で清めることによって新たな性を与えるという意味があったと思いますが、灌頂儀礼にも「蘇生」という言葉があるように、灌頂を受けた者に新たな生を与えるという意味がありそうですが、どうなんでしょう。
そのとおりだと思います。私も『マンダラの密教儀礼』の中で灌頂をあつかった章では、まず、水を使った再生儀礼の代表としてキリスト教の洗礼を取り上げ、それと同じ機能であるという話の流れにしました。水による清めと再生は、おそらく水を用いた儀礼としてはもっとも一般的なものでしょう。釈迦の誕生の直後の灌水も、この「新たな生」を明確に示すための手続きだったと思います。キリスト教の洗礼は、もともとはユダヤの民のイニシェーションの儀礼だったようで、キリスト自身も洗礼者ヨハネによって洗礼を受けます。その姿はピエロ・デッラ・フランチェスカの絵(ロンドンのナショナルギャラリー所蔵「キリストの洗礼」)のようなイメージで知られていますが、古い時代は川に首までつかったようなのもあります。お風呂に入っているような感じです。

灌頂儀礼を見ていて面白いと思った。たとえば「儀式とマンダラについて口外の禁止」があったが、研究者には知ることのできない口伝のみの何かがあるものなのだろうか。「明鏡」の言葉を見て「明鏡止水」を思い出した。灌頂は水を使うので、ぴったり?と調べてみたら、荘子の言葉のようなので関係なかったが・・・。仏教は何についてもすごい数の儀式があるように思う。キリスト・イスラムにはなさそう。
口外の禁止は、灌頂儀礼の中では、弟子がマンダラを見る前や儀式を始めるときに、阿闍梨から弟子に指示され、それを破ると「地獄に堕ちるであろう」と言われます。これを「越三昧耶」(おつさんまや)とも言い、誓いを意味する「三昧耶」を越えてしまう、つまり破ってしまうことを意味します。このことは、密教儀礼の詳細が一般に知られることを防ぐ役割をしました。灌頂を受けた者にしか灌頂の内容は分からないのですが、それを人に話してしまえば、誓いを破ることになるので、公表できないのです。私は灌頂やマンダラのことをあちこちに書いたり、授業で話したりしていますが、これも、灌頂を受けた者ではないからできることです。そのため、実際に体験したことではなく、文献の記述から読み取って、ある程度、推測もまじえた内容になりますが、私の使っているインドの文献には比較的、細かく記述してあるので、かなりの内容がわかります。文献の威力です。ところで、最後にあるように、授業を聞いていると仏教に儀礼の数が極端に多いような印象を受けるかもしれませんが、おそらくキリスト教やイスラム教でも同じ程度はあるでしょう。日本でも平安時代の有職故実の世界は、直接宗教と関係しませんが、おそろしく細かいことまで規定されています。

ダライラマが灌頂を行うということが本に書かれていましたが、灌頂は相当の位の高い人にしか行えないものなのですか。人を仏にするには、その人がかなり高位でないといけない気がしたので。
たしかに、日本密教でも灌頂を行うことのできる阿闍梨は、かなり高位の僧侶です。文献にも、そのような阿闍梨がそなえている資格や資質が細かく記されています。ダライラマは観音の化身で、この世に現れた仏なので(少なくともチベット仏教の立場ではそうです)、灌頂をするのに適任でしょう。灌頂にはいくつか種類があり、在家の人でも受けることのできる結縁灌頂というのは、与える方もそれほど高位の僧侶を必要としません。授業で紹介している灌頂は、それよりもレベルの高い灌頂で、日本では伝法灌頂といいます。

シヴァとその妻といっていましたが(最初の降三世明王のとこで)妻ってどの妻でしょうか。シヴァの妻はシヴァの感情を表すものとして、場面によって別の神になると聞きましたが。パールヴァティーでいいのでしょうか?それともあのアマゾネスみたいな女神?どれが妻なのか、というかどの妻なのか気になります。明鏡の鏡って、ものがうつるのでしょうか。なんかくすんで見えたのですが・・・。ホラ貝は悪いものじゃないですよ。西洋では戦争の合図だし、たぶん、ほらを吹くが悪い意味なのは日本くらい?
シヴァの妻には正妻?のパールヴァティーの他に、ライオンにのった武勇神のドゥルガー(アマゾネスはこれのこと?)、そして、シヴァを足の下に踏んで立つカーリーが有名です。その他に、ウマーという名前で呼ばれる女神もいて、一般にパールヴァティーと同一視されます。降三世明王の足の下の妻は、このウマーで、烏摩妃と書きます。これらの女神たちはいずれも、もともとは別の女神だったようですが、シヴァ信仰の隆盛と、女神信仰の流行を背景に、シヴァの妻として統合されていったのです。「シヴァの感情を表す云々」というのは、後世の人の説明でしょう。明鏡の鏡は、実際、あまりうつらないようです。見えなくても見えるように振る舞うのも儀礼だからでしょう。前回省略したスライドにも明鏡は含まれますが、そちらはもっとうつらないようです。ホラ貝はそのとおりです。日本では修験道でしばしば用いられます。


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