仏教文化論 仏教の信仰と美術
弥勒・文殊・普賢

2006年12月14日の授業への質問・回答


講義をしっかり聴いていなくて申し訳ないのですが、文殊と陀羅尼の関係をつかむことができませんでした。
文殊と陀羅尼はもともとはあまり関係がありません。陀羅尼の中に仏頂尊勝陀羅尼という有名な陀羅尼があり、その成立に五台山と文殊が関わっているということです。仏頂尊勝陀羅尼そのものはインドで成立したのですが、中国での流行には五台山信仰が寄与したところが大きいのです。五台山そのものも本来は文殊とは関係のない聖地だったようですが、『華厳経』の流布とともに文殊の聖地としてとらえられるようになり、その名は日本やインド、中央アジア、東南アジアなどに広く知れわたっていました。このように、五台山文殊(渡海文殊)の眷属たちは異なる信仰を背景にした混成部隊なのですが、そのバランスの良さがイメージの浸透に役立ったと考えています。

授業内容はおもしろくいつも興味を持って聞いてるんですが、なかなか理解の方が追いつきません。自宅で学習する際、どのようにしたらよいでしょうか。
興味を持っていただけるのはうれしいことですが、たしかに、わかりにくいことも多いでしょう。授業の内容が活字になっていればいいのですが、あまり他の人が言っていないことを言うのが、私の授業の特徴なので、それもむずかしいですね(私自身も授業の内容をしばらく後で活字にするというのが、一般的です)。世の中に仏像や仏教の仏の本はたくさんありますので、基本的な情報は何冊か読めば得られると思います(毎回の参考文献を参考にしてください)。ただし、そのときも客観的な事実、たとえばどのような経典にもとづいているかとか、どのような特徴を持っているかなどは、そのまま知識として受け入れていいのですが、どのような意味を表しているかとか、どのような信仰と結びついているかなどは、安易な解釈がしばしば見られますので、批判的な目で読むことも大切です。そのためには、複数の情報源から知識を集めることが必要です。なお、私の発想や考え方は、私の本からも得られますが、授業時間以外でも質問にはいつでも応じますので、遠慮せずに研究室を訪ねてください。

般若と聞くとどうしても能面を思い出してしまうのですが・・。今までどうして智をあらわす「般若」と、女の怒り狂った形相がイコールになるかと思っていましたが、般若母というのは、鬼子母神のような恐ろしいイメージがあるのでしょうか?
能面の般若についてはほとんど私は知識がありません。『広辞苑』をひくと「面打ちの般若坊のはじめた型の鬼女の面で角があり、悲しみと怒りとをたたえる」とありました。般若の面を作り始めた人の名前が般若坊といったのですね。般若坊というところから、お坊さんだったのでしょう。般若そのものは仏教用語で、もとのサンスクリットは「プラジュニャー」(praj??)といいます。「智恵」や「知識」をあらわす名詞「ジュニャーナ」(j??na)や、「知る」という意味の動詞「ジュニャー」(j??)も同類の言葉です。「プラ」という接頭辞がついていることで「完全なる」という意味が加わり、とくに仏教では仏の智慧(知恵とは書かないところがミソです)を指す語として広く用いられています。単なる知識ではなく、絶対的で完全なる智慧です。大乗仏教では修行の徳目として、このような智慧を獲得することを「般若波羅蜜」とよんで重視します。

異界からやってくる者は翁童の姿をとるということであったが、それから考えてみると、まれ人としての一面を持つ七福神のエビス様は、たしかに翁の姿をとっているのだと思った。七福神はそもそも翁と女性の姿で描かれているので、必ずしもバランスがよいとは思えないが。
ビスビールのラベルの絵でもおなじみの恵比寿様は、日本固有の財宝神ですが、たしかにおじいさんの姿をしていますね。異界(とくに海)からやってきて、われわれに富と幸福をもたらす、典型的なマレビトです。七福神の中でおじいさんっぽいのは、ほかにも福禄寿や布袋がいます。毘沙門天や大黒天はおじさんぐらいでしょうか。大黒天は名称はインドに起源がありますが、イメージは大きな袋をかついだ大国主命から来ているそうで、音読みすると「大国」は「ダイコク」となることから混同されたといわれています。女性は弁財天で、インドでは富の神、水の神、豊穣の神です。こうしてみると、子どもはいませんが、それなりにバランスがとれているようにも見えますが・・・。宝船に乗ってやってくるところは、海を越えて到来するというイメージで、渡海文殊にも通じるような気がします(かなり強引ですが)。

ウダヤナ王の造仏についてですが、王の病の身代わりの似姿として作られたものが、仏の像なのですか?仏教系の文章の書き方(?)というか、伝承って、なんだかとても大げさな表現が多いですね。文化的なものか何かなんでしょうか。
ウダヤナ王が造らせた像は、釈迦の似姿です。三十三天に説法に出かけてしまい、地上に釈迦がいなくなり、太陽が消えたようになったことを嘆いた王が、作らせたものといわれています。これは、仏像の作例などから考えて、歴史的な事実とは考えられませんが、仏教内部では重視され、とくにそのときの像が栴檀仏として中国、チベット、日本などに伝来しています。日本ではスライドで紹介した清涼寺の釈迦像が、三国伝来つまりインド、中国、日本と順に伝わった由緒ある栴檀像そのものであると信じられています。実際、清涼寺の釈迦像は、日本の釈迦像にしてはめずらしく、インド風の様式、とくにグプタ時代の様式をよくそなえています。あながち、勝手な思いこみではないようです。仏教文献に大げさな表現が多いのはその通りです。ただし、それは大乗仏教の経典に固有の特徴で、初期仏教の文献はむしろ、日常的な出来事の中に、ときどき神話的な物語が混じるといった感じです。大乗経典のこのような表現を理解するには、三昧という言葉が重要です。三昧とは深い精神統一をあらわし、そのような状態に入った人々(もしくは仏)が体験する世界を言語化したものが、経典の内容になります。「宇宙全体」とか「無限の時間」などが随所に現れますが、人間の想像力(あるいは精神の深み)には限りがないのです。

知的な人というのは「暴力」とか「力」とかいうものと逆のイメージがあります。なので、女の人、子どもが智と結びついて守られるという構成は、(イメージ的ですが)、納得してしまいます。
たしかに、現代人にとってはそういう考え方の方が自然だと思います。文化サークル系と体育会系のような二分法もあります(体育会系の人が知的ではないということはないと思いますが)。ただし、その一方で「智」とは「力」でもあるという考えも可能です。たとえば、古代インドの聖典に「ヴェーダ」というものがありますが、これは「知識」とか「智」を意味します。その場合の知識とは、もっぱら宗教的な儀礼を行うための知識なのですが、それをそなえたものが儀式を行うことで、何らかの力を働きかけることができると考えられていました。力を働かせる対象ははじめは神々であることが多かったのですが、しだいに、その神々をも含む宇宙全体までもが対象になっていきます。智を持つことによって、宇宙全体に作用を及ぼすことが可能になるのです。仏教でも陀羅尼はもともと経典の知識を保持することを意味しましたが、そこから、知識を持ったものが呪術的な力をそなえることへと発展し、そのような力を持つ呪句として、陀羅尼信仰が広がっていきました。

居庸関のスライドの説明中に「チベット式のマンダラが・・・」とおっしゃっていましたが、他には何式があるのですか?立山のマンダラは何式にあたるのでしょうか。
マンダラは私の別の授業(月曜3限)のテーマで、くわしくはそちらの授業のサイトなどを参照していただければいいのですが、簡単に説明しておきます。マンダラはインドでできましたが、インドにはほとんど残っていません。チベットに伝わるマンダラはインド後期密教のマンダラの形式を忠実に受け継いだもので、チベット式と呼んだものは、実際はインドに起源があるマンダラです。マンダラは中国を経由して日本に伝わりましたが、中国にもマンダラの遺品はほとんどありません。日本に伝わったマンダラは、インド密教の中では比較的初期のものなので、チベットのものとはかなり形式が異なります。マンダラは日本で独自の展開を遂げ、密教の中では別尊曼荼羅、神道(修験道)では垂迹曼荼羅や神道曼荼羅、浄土教では當麻曼荼羅や迎接曼荼羅などを生み出します。立山曼荼羅は日本のマンダラの歴史ではほとんど最後に位置します。分類上は参詣曼荼羅のひとつの例とされることが多いのですが、地獄絵や縁起絵、来迎図など、マンダラ以外の要素も含むおもしろい作品です。

最近の西遊記では、深津えりさんという女優さんが三蔵役をしていたと思うのですが、それが今、中国で問題になっているそうです。三蔵が女性というのは改竄はなはだしく、中国古典を馬鹿にしているということですが・・・。
ほかにも三蔵法師を女性が演じたことに対して、中国から非難が起きていることを指摘してくれた方が何人かいました。授業でも紹介したように、わたしは最近のものは見ていません。20年ほど前のオリジナル版もほとんど見ませんでしたが、話題になった番組でもあり、配役は覚えています。そこでも三蔵法師は夏目雅子が演じていましたが、とくに中国で問題になったということは記憶にありません。最近の反日感情と結びつけて、理解すべき状況なのかもしれません。三蔵法師が女性的であるというのは、おそらく西遊記そのものの設定でも、ある程度は認められるのではないかと思います。それだからこそ、孫悟空などが活躍する場面が引き立つはずです。少し古い作品ですが、中島敦に「悟浄出世・悟浄歎異」という短編小説があり、その中でも悟浄の口を借りて、三蔵法師のか弱い特徴が語られていたと思います(ただし、そこにこそ特別な能力があるというのが、趣旨だったと記憶しています)。西遊記の三蔵法師のモデルは、玄奘三蔵といわれますが、玄奘本人はとてつもなく屈強な男性だったようです。そうでなければ、中国からインドに出かけ、何千という経典を持って帰ることなどできません。もちろん、体力だけではなく、危機を回避できるなどの周到な知力もそなわっている必要がありますが。

「子泣き爺」などを考えてみると、「翁」と「童子」とはまったく対立する概念ではなく、じつはけっこう近い入れ替え容易なもののように思える。これらは無垢、純粋、奔放といったイメージで結びついているのではないか。
たしかにそうですね。それと同時に、老人も子どもも、一般のおとなには理解不可能なところがあることも、共通します。われわれにとって最も身近な異文化なのでしょう。だからこそ、異界からやってくるもののイメージとして、頻出するのかもしれません。老人と子どもは別々の時もありますが、セットで現れることもあります。前回配付した資料の山折氏の講演会で聞いたことですが、映画や小説ではこのような組み合わせの主人公がしばしば現れます(山折氏は映画の『黄昏』をあげていました)。精神的に傷ついた少年や少女が、親ではなく、祖父母や、その同世代の老人のもとで精神の回復を遂げるという設定は、たしかに映画やドラマでよく見ます。


(c) MORI Masahide, All rights reserved.

授業のトップにもどる

トップページにもどる