アジアのマンダラ・日本のマンダラ

2006年4月24日の授業への質問・回答


マンダラは「悟りの世界」を表したものであるという定義は、誰も肯定も否定もできないが、「悟りの世界」を自分の中に持っている人間が100人いたとして、その100人が1枚のマンダラを見たら、その100人の心の中に100とおりの悟りの世界が現れるのかもしれないと思いました。
たしかに、そのようにマンダラを使うことができるかもしれません。実際、インドや日本の密教では、マンダラを見て、仏の世界を瞑想していました。そのときに、瞑想をしている人たちが同じ姿や形の「仏の世界」を見ていた保証はどこにもありません。むしろ、それぞれが自分の好み?に応じたイメージを作り上げていたと思います。それだからこそ、一元的に「マンダラは仏の世界である」という定義に、私は疑問を感じるのです。あまり関係ない話ですが、最近「マンダラ塗り絵」なるものがよく売れているそうです。ユング派のマンダラ療法と関係あるのですが、仏教のマンダラとはまったく異なるデザインで、似ているところと言えば、丸や正方形があって、シンメトリーになっていることぐらいのようです。中には猫や犬を並べたものなどもあるようです。これに色を塗っていくと、癒やされたり、自分の心の状態がわかるなどと言われています。これも「マンダラは悟りの世界」を都合よく利用しているような気がします。

マンダラと聞くと、私の地元である富山の立山町、立山曼荼羅を思い出します。小学校のころに、立山登山の前に連れて行かれた思い出があります。108枚で作られた橋やら、立山信仰やら、結局は何のことだか、今、考えてみると、さっぱりわかりません。立山には男しか登れないから、女は代わりに祈るとか。立山曼荼羅とは、曼荼羅とは同じものなのでしょうか。どちらにせよ、講義をしっかり聴いて、曼荼羅を少しでも理解したいです。門の部分にある鳥居のような変なものをはじめて見ました。別にこの間を通らなくても、家には入れる気がしますが、この鳥居には何の意味があるのでしょうか。宗教的に関係しているとか。
立山にある[富山県]立山博物館は、とてもすぐれた博物館です。比較文化の研究室とは縁が深く、この春休みにも有志8人ほどで見学に行きました。108枚で作られた橋というのは布橋といって、ここで行われる布橋灌頂が、女性のための儀式でした。近くにある「媼堂(おんばどう)」もそのための重要な施設です。立山博物館は金沢から車で1時間半程度で行くことができますから、関心のある方はおでかけください。立山曼荼羅はこの授業でも取り上げるつもりです。この曼荼羅は北陸地方の代表的な参詣曼荼羅ですが、それとともに日本における曼荼羅の展開のひとつの終着点となるものです。くわしい話は、その回のお楽しみにしておいてください。きっと、小学校の時にはわからなかったことが、明瞭にわかるでしょう。「マンダラの門の部分にある鳥居」は、そのうち、あらためてくわしく見ます。ちなみに、ここを通らないと、マンダラの家の中には入れません。

日本画などで「悟りの世界」を描いたものを見たことがあるが、それとマンダラが一緒のものを描いていると考えるのは少し意外な気がした。たしかに、チベットのマンダラなどは、建物の描写があるが、日本のものになると、建物の面影がないような気がした(言われればそのような気がするが・・・)。サーンチーの門の様子が出てきたが、「悟りの世界」を絵に描いたり、砂で立体的に表現したりする方式の他に、「具体的に建物として建設する」といった方式はとられなかったのだろうか。これは「聖なるものは表現できるか」といった問題にも関連するのだろうか。
 日本画で描いた「悟りの世界」というのは、浄土図のようなもののことでしょうか。そうだとしたら、マンダラとはずいぶん異なる「悟りの世界」です。浄土教的「仏の世界」と密教的「仏の世界」の違いとも言えます。浄土教の美術は独特の伝統を持っていますが、浄土図は基本的に仏の世界の「情景図」です。これに対してマンダラは仏の世界を、最小限の原理によって描いた一種の「設計図」です。
 マンダラを「具体的に建物として建設する」という発想は、密教が伝わったところでは、たいてい現れます。とくに塔や寺院建築に、マンダラの構造が反映されます。それとは別の方法として、チベットでは「立体マンダラ」が作られました。これらについては授業で紹介します。「聖なるものは表現できるか」というのは、私の関心のある問題で、これまでの授業でも取り上げましたし、この授業でも問題にすると思います。

曼荼羅は世界や宇宙を表してはいないと言われたが、世界には空や宇宙のように外に広がる世界と、自分の中にある世界観とも言えるものがあり、曼荼羅は仏教的に見た世界観を表しているように思われた。ただ、それは一側面にしかすぎず、「家」という意味も持っていることは、今までに考えたこともなく興味深かった。
たしかにそのとおりです。自分の心の中のあり方も「世界」や「宇宙」に相当しますし、ある意味では、もっともそれにふさわしいものかもしれません。私の先生は「自己空間」という言葉を使っていました。仏教的に見た世界観は、今回の授業で取り上げます。家がマンダラと関係するというのは、いずれも「世界」を表すからです。われわれにとって一番身近な「コスモス」は家なのです。

中学の修学旅行で、東寺の曼荼羅を見たことが、唯一の曼荼羅経験です。東寺の金堂とかに、大量の仏像が置いてあった。あれも曼荼羅だという説明がされていたと記憶してますが、記憶違いだったでしょうか。
空海が嵯峨天皇から下賜された東寺は、曼荼羅の寺とも言われるほど、たくさんの重要な曼荼羅を所蔵しています。なかでも西院本の両界曼荼羅は、日本の両界曼荼羅で最古の彩色本であると同時に、絵画としてもたいへんすぐれています。大量の仏像が置いてあったのは、金堂ではなく、講堂です。五仏、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天がその顔ぶれです。講堂の説明として、たしかに「立体曼荼羅」とか「羯磨曼荼羅」(かつままんだら)と言われますが、それは空海が言い出したことではありません。講堂を見ていても、実際のマンダラとは、どこが一致するのかよくわからないでしょう。実際は密教の「三輪身説」という考え方にもとづいて、マンダラの仏たちを並べたもので、チベットの立体マンダラなどとは、まったく別のものです。それはともかく、東寺の講堂の諸尊はすべて国宝ですし、平安初期の密教の雰囲気を今に伝える貴重なものです。機会があれば、また見てきてください。

「宇宙」というと、現代の考えでは、枷のない自由な空間というイメージがあるが、曼荼羅は仏をひとつひとつの枠の中に納めるという逆のことを行っている点がおもしろく感じた。あたかも宇宙が幾多もあるようだ。なぜ、布に描く(残す)曼荼羅と砂で描く(残さない)曼荼羅が存在するのか。テキサスのMuseum of Artでは、砂曼荼羅が展示されていたが、美術的価値という点からという理由で展示していることは理解できるが、制作者(チベット仏教側)の意図に反するものじゃないかと、何か釈然としなかったことを思い出した。
「宇宙」が「自由な空間」で、マンダラが「枠の中」という相反するふたつのイメージいうのは、おもしろい指摘だと思います。「枠の中」というのが、上にも述べた「自己空間」に相当するのかもしれません。「宇宙空間」と「自己空間」が一致するというのも、インド的な考え方でしょう。布に残す曼荼羅は日本のマンダラのほとんどですが、インドでも作られたようです。また、砂で描く曼荼羅も、チベットのものが有名ですが、インドですでに成立していました。布に残すマンダラは礼拝の対象という役割を果たすのに対し、砂で描いたマンダラは儀礼の装置として作られました。形態が同じでも目的が異なるふたつのマンダラが、インドでは併存していたのでしょう。礼拝の対象としてのマンダラの方が、起源が古いようです。砂マンダラを博物館が保管するのは、日本でもしばしば行われます。せっかく作ったものを壊すのはもったいない、チベットからお坊さんを呼んで、高いお金もかかっていることでもあるので、残しておこう、というのがその理由でしょう。しかし、砂マンダラを保存するのはなかなかむずかしく、日本では表面を樹脂で覆うことが多いようです。しかし、時間がたつと、ほこりがたまったりして、諸行無常を感じさせます(そうすると、それはそれで啓蒙的ですが)。チベット人のように、いさぎよく壊した方がいいのでしょうね。

他の授業(日本中世史)で、密教と顕教について簡単な説明を受けたが、その中に本覚思想というものがあった。また、日本の中世では顕教の字義的な学問に対して、密教は呪術的な教えだと何となく聞いていた。本覚思想にしても、呪術的な教えにしても、この授業のテーマであるマンダラにしても、同じように、簡単な説明では、何となく聞くことしか、今の自分にはできないように思われた。極言すれば、いずれ理解できるようになるのか、謎である。
少なくとも、マンダラについては、この授業を聞けば、ある程度は理解できるでしょう。教科書も助けになるはずです。本覚思想(ほんがくしそう)は日本仏教の重要な用語です。簡単に言えば、誰もがすでに「悟っている」ということです。そんなばかな、と思うでしょうが、密教も禅も浄土教も、すべてこれを前提としています。インドでも如来蔵思想というよく似た考え方があり、これが中国や日本では主流になったのです。本学思想については末木文美士『日本仏教思想史』(新潮社)が参考になるでしょう。末木先生は最近、岩波新書からも『日本宗教史』という読みやすいものを出されたようです。密教が呪術的であるかと言えば、たしかにそうですが、呪術だけではありません。呪術だけで朝廷や貴族、さらには一般の人々を引きつけることはできません。また、平安時代の仏教を特徴づけるのは、密教、浄土教、法華経信仰ですが、別々に存在していたわけではなく、密接に関係していました。そして、後に鎌倉新仏教が生まれたのも、これらの中からです。

『密教辞典』の記述から受けた印象が、「音楽」に関してのものとよく似ていました。美術や音楽の分野では、とくに音楽では、他分野の人が読んでも理解できない、つまり、音楽界でのみ通じる言語があることが近年は問題視されてもいます。マンダラにしても、音楽(とくに楽譜になっているもの)にしても、その意義を明確に言語で説明できないものには、とりあえず、もっともらしいキャッチフレーズがほしくなるのでしょうか。クラシック音楽でも「音楽は宇宙」(これは数学的な根拠がある程度あるとはいえ)とか、「音楽は作曲家の魂」という解釈がされていますが、それはわけのわからないものを、普遍的な言葉でとりあえずはわかった気にさせられます。近年はやりの「異文化」にも同じ印象があります。「宇宙」とか「異文化」とか「魂」とか、実証しようのない言葉で、いったん、思考を停止させられるという印象です。
たいへん興味深いコメントありがとうございました。たしかに音楽でも、ご指摘のようなことがあるのでしょうね。たとえば、バッハの音楽に宇宙を感じる人は、たくさんいるようですし、実際に、音楽学者の解説にもそのような表現がよく見られます。それとは別の次元ですが、「音楽の修辞法Figurenhelre」というジャンルのものを読みますと、特定の音型が特定の意味を持つことがことこまかく定められているようで、こういう知識を持ってバッハのカンタータや受難曲を聴くと、印象が違ったりするのかなと思ったりします。ずっと後の作曲家ですが、20世紀のヒンデミットに「世界の調和」という曲があり、正面から宇宙を音楽で表現しようとしたものもあるようです(具体的にはケプラーの生涯と思想がテーマ)。これも余談ですが、アメリカの小説家チャールズ・バクスターに『世界のハーモニー』という短編小説があり、この曲をモチーフにしています(早川書房刊)。


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